わたしのLGBT〜Xジェンダー編〜

セクシュアルマイノリティ、通称LGBTのまことのXジェンダーを探す旅

Xジェンダーの備忘録てん

2026年に突入した

1月も最終日

去年は後期にいろいろとことが起こり

北陸の友達に逢いに行ったり

秋田にお呼ばれしたり

思いもよらない経験をさせてもらって

ちょっと面白かった

しかし途中親戚から親のことでLINEが来て

それを見て鬱になりかけて

気持ちを立て直すのに時間がかかり

もはや親戚でもトラウマを発症する始末

生きるってマジしんどいよね

さて、北陸は福井県の田舎

広い土地と自然に恵まれて

村づくりに力を入れている素敵なところへ

ごはんはもちろんうまい!

いい景色もいっぱい!

そして福井は恐竜のまち!

巨大な恐竜博物館にも行ってきた

フクイラプトルの前で記念写真

初めての福井を大満喫

友達のイベントにも無事参加

充実した五日間だった

急だったが行ってよかった

この旅に協力してくれた友達のおかげだ

本当にいい思い出ができた

秋田に関しては

なんと秋田の大学の学生さんから

講演の依頼を受け

ありがたく講師として参加させていただいた

自分のセクシュアリティと半生を話す機会はそうそうない

貴重な時間をもらえたことに感謝しかない

人生は本当に

何があるかわからない

そんな2025年を駆け抜け

一昨年にお願いした願い事が無事叶ったので

年末に神社へ御礼参り

人生初のお酒の奉納

なんとお返しにお菓子をいただく

年が明けて手づくりの正月飾りをどんど焼きに持ってったのも人生初

年初めの定期検診も特に問題なく

次の検診は半年後に

ところが主治医が異動のため交代

半年後は別の先生になるそうな

ありがとう先生

大変お世話になりました

特に感慨深く思うこともなく(感謝はある)

一年後に戻ってくるだろうと云っていたので

それまで生きてたらお逢いしましょう

とは云わないでおいた

実は昨年の健康診断で

膵臓に異常があるとかないとか

その再検査のため来月また病院に行くのだ

昨年も別件で引っかかって再検査したけど

問題無しと云われたので

まあ今回も大丈夫じゃないかな

たぶん

Xジェンダーの備忘録ないん

ちょうど1ヶ月前

定期検診が4ヶ月後にのびた

個人的には1年後でもいい気がする

が、これでも結構はやい判断のようだ

薄々気づいていたが

わたしの担当医師は楽観的らしい

まぁ

悲観的よりはめんどくさくないか

というわけで

死ぬまでにしたい100のこと

のうちのひとつ

北陸の友達に逢いにいきたい!

を実行することにした

連休を利用して

友達が毎年開いているイベントに

参加しに行ってくる

もともとこのイベントがキッカケで

札幌でもやりたい

とはじめた映画祭は

3年続いた

性的マイノリティ

いわゆるLGBTQ関連の映画と

その当事者の生の声を届ける

そのことで

何かが変わるかもしれない

同性を好きになることや

社会が与える役割を受け入れられない

そのことを

重く苦しく感じている人たちがいることに

気づいてもらえるかもしれない

さらに心無い人から差別を受け

時に深く傷つけられたり

時に自らの命を断つこともあることに

危機感を持ってもらえるかもしれない

それがもしも自分の子供だったら

それがもしも自分の兄弟だったら

それがもしも自分の友達だったら

これは決して他人事じゃない

誰かをとても好きになることも

誰も好きにならないことも

自分の好きな姿でいることも

自分がなりたい自分でいることも

その魂の衝動を

他人が止めることなどできない

性別も性的指向も関係なく

すべての人に云えることだから

誰もが生きやすい社会になるように



なんて

耳触りのいい言葉を並べるより

映画を観て語り合う方が

よほど伝わるやろ

という魂胆で



今や笑い話だが

わたしは毎度、映画祭直前

必ず病に倒れた

1年目はコロナに罹り

2年目はマイコプラズマ肺炎

3年目はとうとう入院

4年目は死ぬんじゃないかな〜

そんなジョークを飛ばしつつ

団体のテコ入れの年とした

今年は先輩団体の視察だ!

その報告はいづれまた

Xジェンダーの備忘録えいと

昨日は毎年開催されている

性的マイノリティ、クィアのパレード

さっぽろレインボープライドの日

毎年、パレード直前まで雨が降り

雨あがりに虹がかかる

まるで祝福されているような

そんなイベントで

わたしもパレードを歩いた

幸い今年は二日間のうち

パレードの日は良い天気で

前日の雨が嘘のように

晴天に恵まれた

もう何度パレードを歩いただろうか

初めて歩いた日

とても気持ちが良かったのを覚えている

とても開放された気分だった

この土地に来てから

わたしの中でいろんな変化があった

これまで

自分がどれだけ

いろんなしがらみに

がんじがらめにされていたか

自分がどれだけ

生きることを諦めていたか

そこから少しずつ

まるで羽化するように

わたしはそれらを脱ぎ捨てていった

はじめての感情

はじめての経験

はじめての挑戦

それまでの自分から

自由になって羽ばたいた

それは決して

美しくもなく

誠実でもなく

褒められることじゃないだろうけど

でも

わたしはやっと

自分が生きることを

自分が幸せになることを

許してあげられた

「ろくな死に方しないよ」

いいんだ

どんな死に方だろうが

人間はいつかは死ぬ

それまでに

生まれてきたことを

後悔したままなのか

ほんの少しの幸せも知らずに

ただ苦しみだけを知って逝くのか

わたしはそのどちらでもない

すべてから逃れてきたこの場所で

大切なことを知ることができた

それは自分で選ぶこと

どんな生き方であろうと

自分の人生は自分で選ぶ

もう

誰かの都合で振り回される生き方は

したくない

それなら

ろくな死に方しない方がマシ

だって

もう何度も何度も何度も

わたしの心は

あの時に

死んだのだ

いまようやく

わたしは生きている

わたしを生きて

わたしを幸せにして

そして最期に

ああ

面白かったと

笑って逝きたい

Xジェンダーの備忘録せぶん

ご無沙汰!

ご覧のとおり生きてますよ

あれからわりと穏やかに時間は過ぎて

気がつけば

昨年の緊急手術からもう一年

定期検査では

特に問題なしで

多分だけど今年いっぱいは平穏そう

ていうか

あと10年はイケるんちゃう?

となると

64歳になっちゃうんちゃう?

やだわ〜

最近腰痛でリハビリ行ってて

体のあちこちが痛いし

ときどきだけど悪心でもやもやする

歳とるってこういう事よね〜

って同世代と話してる

健康ってマジ大事

体はそんな感じだけど

心については

未だ解決してはいない

そこについては備忘録らしく

ちょっと書き置いておこうかな

あくまでわたしの

主観での話だけど



前にもちょこっと出た話

困った人のはなし

実は身内の事で

わたしの養い親のこと

しかも

困った人なのはずっと昔からで

わたしはその人から

虐待を受けていた

といっても

腕力を振るう暴力ではなく

陰険な言葉の暴力

ネチネチと子供の心を潰しにかかる

いわゆる毒親である

養い親はもう1人いる

暴力は振るわなかったが関心もなかった

夫婦ふたりで毒だった

わたしはその家庭内で

誰に助けを求めることもできない

飼われるだけのペットだった



日頃から

養い親の監視のもと

おもちゃは与えられても

躾と称して縛られる事が多かったようだ

愛情なんてカケラも感じた事はなく

愛着障害とはわたしのための言葉

養い親A(以下A)は精神年齢が低く

自己中でよくキレる

養い親B(以下B)とは共依存関係で

AはBに異常に執着していた

わたしの事は当時飼っていた犬と同列に見ており

わたしは常に抑圧され、蔑んだ態度をとられた

支配欲が強く家庭内では己が王様

気に入らなければ酷く不機嫌になり

まだ幼い子供でしかなかったわたしに大人げなく八つ当たりをする

そんな奴だ

Bは稼ぎ頭でほとんど家にはおらず

Aには甘く、もはや好き放題させていた

Aがわたしに対してどういう扱いをしていたかを訴えても

耳を傾ける気もない

当時わたしを守ってくれる大人は

どこにも存在しなかったのだ

だからわたしは

AもBも信用できなかったし

自分が「家族」の中の異物であることを

認めざるを得なかった

わたしは実の親と養い親

どちらにも必要とされなかったため

その存在価値の軽さに

子供ながら絶望を感じずにいられなかった

自分が生まれてきたのが悪い

要らない子供なら殺してくれればいいのに

いつもそう思っていた

その絶望感と希死念慮を背負って

実に40歳になるまで

漠然と自分は40で死ぬ

そう信じていた



カウンセリングで2人の話をするたび

涙が止まらなくなりしんどくなる

わたしは心の底から

養い親を憎んでいるようだ

今も地元で生きている2人に

もう二度と会いたくないし

もう二度と関わりたくない

なんなら2人より先にこの世を去りたい

そのくらい

強い拒否反応を示している

わたしが他人とうまく信頼関係が築けない理由のひとつがこれだ

子供の頃に受けた傷は

大人になっても消える事はない

その傷のために失ったモノを取り戻すことは

非常に難しい



とまあ、なんだかどこぞによくある話だが

その養い親との確執により

わたしはその親戚筋から

「育ててもらった恩を仇で返す親不孝者」

というレッテルをもらったようだ

その親戚筋に云わせれば

わたしは「ろくな死に方をしない」らしい

心から憎んでいる養い親に関わったとて

ろくな死に方はできないと思うけど

どちらかしか選べないなら

当然わたしは縁を切る方を選ぶ

憎む相手の側にいて

破滅以外の未来は考えられないから



これまでの人生で誰ひとり

わたしの幸せを心から願う人がいなかった

なら

わたしがわたしの為に

自分の幸せを願ってもいいと思う

たとえわたし以外の人たちが

わたしが不幸になる事を望んだとしても

幸せになる権利は

わたしにだってあるはずだから

Xジェンダーの備忘録しっくす

ちょっとぼんやりしていたら

あっという間に新年明けちゃった

本年もどうぞよろしく

さてその後

定期的に検診を受けながら

のんびり生きております

前回

癌であったことは報告済みだけど

経過としては

腫瘍を全摘してから

再発、転移は見当たらず

一部気になる部分を除いて

今のところ問題無し

てな感じ

実に平和なもんです

ちなみに

わたし印の癌細胞ちゃんは

“高悪性”

ネット調べだと

低悪性は5年以内の生存率100%

高悪性は3年以内の生存率25%

ただ

25%ってわりと生きてるよね

絶対その中に入ってそう

悪運が強いって

いいんだかわるいんだか

再発よりも転移の方が

見つかりにくいのか生存率低めらしい

ふふ

毎回検査のたびに

宝くじに当たるかどうかに似た

高揚感を感じるよね

まあ

その時にできるだけ苦しまずに行けるよう

祈ってはおく

ところで

なぜわたしが

死に対してあまり動揺を見せないのか

不思議に思う人もいるかもしれない

または共感する人もいるかもしれない

簡単に説明するなら

40年近く

自分が早く死ぬと思ってたから

そんな感じ

待つのも飽きたので

最近はその時まで好き勝手する事にしてる

だって自分の人生だからね

ここまで生きたら

楽しまなきゃだよ

でも楽しすぎて長生きしそう

それは勘弁して欲しいけど

だからみんな

一度きりの人生

楽しもうぜ

Xジェンダーの備忘録ふぁいぶ

道内はお盆を過ぎ、すっかり秋が深まってきましたね

残暑

まさにそんな感じ

でも朝と夜は空気が冷めて

うっかり身体を冷やして風邪をひく人

増えてきた

今年の夏は暑かった…らしいけど

短い北海道の夏を半分しか体験しなかったので

あまり記憶にない笑

入院中は本当に快適で

退院の時、看護師さんにそう云ったら

え?本当に?

って驚かれた

夜中の叫び声(多分寝言)や

食事中に患者さんのオエオエが聴こえる以外

すごーく快適生活でしたよ

まじで

まぁヘッドフォンしてたからだけど

ノイズキャンセリング

3食昼寝付き最高



あれからもうすぐ1ヶ月

わたしの病相の3D模型はもらえませんでした

カルテと一緒で5年間保存だって

まあそうだよね〜

5年後にまた聞きますって伝えた

生きていればね

実は先日摘出した腫瘍の検査結果が出ました

結果から云うとがんでした

今回の術前PETCTで、怪しい所があるとは聞いていたので

ワンチャンあるなとは思ってた

なので来週はその怪しい箇所のCTを撮ることになりまして

果たしてそれは本当にがんなのか

他に転移しているか

そんな詳細を調べるそうな

ネット検索すると

医師からがんを宣告された人は

例外なく落ち込むのだそうで



…どうしよう

落ち込むどころか、とうとうその日が来たか

とホッとしてしまった自分がいる

例外いるじゃん笑

人間はどうせいつか死ぬし

だったらわたしは自分の最期をあらかじめ知っておきたいな

だって終活できるじゃん

そんなわけで

来週の検査の結果によっては

自分の後始末をはじめるつもりである

Xジェンダーの備忘録ふぉー

入院して20日目

退院して3日目

外は雨

気温は最高25度

暑苦しいほどでは無いけど

じわじわと暑い

基本わたしは室内では田舎の少年スタイル

(短パンにタンクトップ)

北海道で室内にクーラーついてる部屋は稀

地方はとくに

最高気温の時はパンイチ

でなければ無理

好運にも退院してから外が涼しい

これからじわじわと上がるんだが




退院後の栄養状況としては

処方された栄養流動食と

差し入れの栄養流動食が

大活躍している

考えたら

わたしは料理が好きではない

きちんと3食バランスよく

作るわけがなかった

なんなら3食パンを食べてたくらいだ

もちろん栄養は偏る

病気の原因

もしかしてそれか…

ま、いっか

わたしの9割は小麦粉で出来ている

小麦粉がなければ

米粉を食べればいいじゃない

じゃないのだ

米は好きだけど

肉も

野菜も

大好きだけど

ついでに魚も

でも毎日毎日毎日

バランスよく作るとか

拷問か(当社比)

無理

無理無理無理

食べるのは好き

作るの嫌い

片付けるのもっと嫌い

はいセルフネグレクト〜

作る気力があれば作るけど

なければお腹空いても食べない

こんな人間です

食べなくても平気な人

でもそれじゃダメ

逝ってしまう

燃費のわるい身体なので

すぐ体重が減る

病んでは減る

病んでは減る

病んでは減る

以下同文




食い意地は張ってるので

食べ物見たら食べたくなるけど

ふふ

お腹空いてる時に食べ物見ると

いらないものまで欲しくなるよね〜

ふふ

ズボラめ

よくここまで生きてたな

気がついたら生かされてたよ

わたしなんかいなくても

世界は何も変わらないのにね

誰にも必要とされない

親からも大切にされない

わたしが必要とした人は

わたしを必要としない

40年以上

それでも生きてきた

何のために?

生きる意味なんかないのに

自分の理解を超えた存在は排除する

そんなくそな社会で

希望を持って生きるなんて

無理

だから

わたしはわたしの為に生きることにした

わたしを幸せにできるのは

わたしだけ

あ、また熱出てきた